どういう事だ・・・。
カイザーに何かあったのか・・・?


オレは思わずドアを開き掛けて、手を止めた。


・・・・・・。
・・・。


あの”事件”以来、オレはカイザーとは会っていない。
カイザーの腕が撃たれたのはオレのせい・・・だ。
・・・オレが壊した。
見舞いに行けばきっとカイザーは笑顔で迎えてくれる。
怖気づいているオレに優しく触れて笑ってくれるだろう。
簡単に想像出来る。
・・・想像がつく分、オレは怖い。
その笑顔の裏を知るのが怖くて、見舞いにすら行けない。
オレは頭を振って、ドアノブを握った。
カイザーが気になるのなら、万丈目に直接聞けばいい。
『カイザーは、今どうしているんだ?』
そう、聞けばいいんだ。




ドアを開けると、険しい顔をした万丈目が立っていた。
オレは、内心驚きながらも万丈目に疑問を投げ掛けた。

「カイザーに・・・何かあったのか?」

万丈目は微かに頭を振った。
それは、肯定とも否定とも取れる程小さな動きだった。
オレと万丈目はお互いに見つめあったまま動けなかった。


沈黙が時を支配する。


「十代・・・」

ドアノブを握る手が汗ばむ。
名前を呼ばれて、肩が大袈裟な程動いた。
そんなオレを見て、万丈目が酷く投げやりに頬を歪める。

「オレが、いくら呼んでも出て来ないくせに、カイザーの名前を言えば・・・出て来るんだな」

自嘲するように笑い、万丈目はオレを睨み付けてきた。
痛みを堪えるような表情。
反して牙を剥いた狼のような獰猛さが万丈目の瞳を覆う。

「いい身分じゃないか・・・。現場を混乱させて、カイザーに怪我までさせて、自分はさっさと責任を取って辞めるだと?」
「万丈目・・・」
「ふざけるな・・・。・・・残された俺たちは、どうでもいいって言うのか・・・?十代を信じて、ついて来た俺や翔・・・他の連中もどうだっていいって言うのか!?」

徐々に万丈目の語気が荒くなっていく。
苛立つ気持ちを抑えきれず、万丈目はオレを睨み上げてくる。

「何故・・・、GXを辞めた・・・?」

低く掠れた声。
オレは首を振って答えた。
意味のない言葉。
万丈目が求めているものとは全く逆の言葉。

「お前に・・・言う必要が・・・あるか?」

わざと視線を逸らして言うと、万丈目がオレの服を掴み、持ち上げた。
燃えるような万丈目の瞳が、オレを射抜く。
オレは、力なく首を振って、答える気はないと伝えた。

「必要・・・?何を言ってるんだ、十代!」
「お前にGXを辞めた理由なんて話す必要は・・・ない」

言いたくなんかない。
言ってしまったら、弱い自分をさらけ出してしまう。
オレのなけなしのプライドが口を堅く閉ざさせた。

「・・・チッ!」

万丈目は舌打ちすると、オレを掴んでいた手を放す。
オレは壁に寄り掛かって力なく万丈目を見た。
苛ついたように万丈目は落ち着きなく視線を動かしている。
その様子が少し尋常には見えなかった。
GXで、何かあったのか?
そう思いながらもオレは無言で万丈目を見ているだけしか出来なかった。
・・・今更、そんな事が聞ける訳がない。


忙しなく動いていた万丈目の視線がオレに戻ってくる。
何か意を決したように万丈目は口を開いた。

「では・・・、あの”電話”の事はどうするんだ」

・・・電話?
オレが小首を傾げると、万丈目が苛立たしげに再度口にする。

「事件の後、貴様が受けた”電話”だ!」

万丈目に言われて、記憶の底に封印されていた記憶が甦ってくる。

『気に入った!?』

脳内に大音響であの”声”が響き渡る。
震える指先が壁に触れ、爪を突き立てた。
機械を通した気に障る甲高い声。
何故、今まで忘れていたんだろう・・・。

「覚えてる」

オレがそう答えると、万丈目の目が少し和らいだ。
だが、依然厳しい顔をしているのは変わりない。

「・・・あの”電話”の事もいいのか?事件を解明しなくていいのか!」

”電話”の謎・・・?
事件の解明・・・?
GXを辞めたオレが、この一連の事件を解決するって言うのか・・・。


・・・無理だ。
オレには、もうそんな意欲は湧かない。
万丈目の顔を見ると口元を歪め、オレを嘲笑うような笑みを浮かべていた。

「随分と腑抜けたものだな、十代。俺が知っている十代は、率先して事件を解明しようとする女の筈だ」

オレは、首を振って万丈目の言葉を否定する。
買いかぶり過ぎだ。
オレは、万丈目が思ってるような強い女じゃない。
オレになんかに・・・、期待するな。


万丈目の肩を両手で押す。


「帰ってくれ・・・」
「・・・断る」
「帰れ!」
「断る!」

頬を掠めて、万丈目の拳が壁に叩き付けられた。
パラパラと壁から埃が散る。
掠った頬が、熱く疼くような痛みを訴えてきた。

「そうやって、暴力でオレを従わせようとするのか?」

伏せた万丈目の表情は影を負い、何を思っているのか分からない。
・・・オレに何を求めているんだ。

「・・・違う」

オレの言葉に、万丈目は肩を震わせた。
張っていた糸が切れたように腕の力を抜いて万丈目はオレに覆い被さってくる。


首筋に熱い吐息を感じた。


ここまでしてオレをGXに復帰させようとする万丈目の意図が読めない。

「頼むから、帰ってくれ」

万丈目は、帰りたくないと言うように頭を振って拒絶してくる。
オレは、もう一度念を押すように言った。

「オレは、何を言われてもGXには戻らない」
「十代・・・」

何故だ・・・と、絶望的な万丈目の声が、耳元で囁かれる。
どうしてなんだ・・・と。
オレは、覆い被さる万丈目の背中を軽く叩いた。
ビクッと万丈目の肩が震える。

「オレは・・・、許されるべきじゃない」

低くゆっくりと、暗示をかけるようにオレは万丈目に伝える。
絶対に、GXには戻らないと言葉に含ませて。
小さく呟くように言った。
万丈目は上体を起こし、オレを真っ直ぐに見つめてきた。
瞬間、眉間に皺を寄せて何かを躊躇うように口を開いた。

「カイザー・・・、退院したのは知っていたか?」
「いや・・・」
「カイザー・・・、もう復職して元気に署内で働いている」

本当に・・・?
オレは万丈目を真っ直ぐに見つめた。

「もう右手は使えないが、俺たちの指導はするって張り切っているんだぞ?」

オレを元気付けるように万丈目が笑った。
良かった・・・。
安堵で膝の力が抜ける。
突然しゃがみ込んだオレに合わせて、万丈目も腰を落としてくる。
カイザーの無事を聞いたおかげで少し肩の荷が下りたような気がした。

「大丈夫だ、十代。カイザーがそんな簡単にくたばるような人間ではないと知っているだろう?」

頭を撫でられて、オレは頷く。
まるで子供のようだ。
癇癪を起こし、物事を放り投げて・・・自分だけの世界に閉じ篭もった。

「ごめん、万丈目。何かオレ、混乱してて・・・変な事ばかり言った」
「あぁ、わかっている。俺も、お前に酷い事言ったからな。お互い様だ」

謝ると、万丈目はオレを元気付けるように笑った。
ゆっくりとした動作から万丈目の疲れが垣間見えた。
事件の後遺症が、まだ万丈目・・・いや・・・、GXに残っているのが分かる。


”事件”・・・。
そう言えば、万丈目が言っていた謎の”電話”。
あの”電話”は一体、何だったんだ?

「万丈目。・・・さっき、”電話”って言ってたよな?」

オレが"電話”について聞くと、万丈目は頷いた。
何か掴んだ顔をしていた。
万丈目は、オレに謎の”電話”について話そうとしてくれている。

「”電話”について何か分かったのか?」
「あぁ。・・・少しだけな」

万丈目は誰もいない廊下を警戒するように見渡した。
聞かれてはまずい内容なのか・・・。

オレは、部屋を見る。
多少散らかってはいるが、人を入れても大丈夫な程度だ。

「部屋・・・、入るか?少しだけ話そう・・・」
「いいのか・・・?」
「汚れてるけど、気にするなよ」

促すと、万丈目は大人しく靴を脱いでオレの後に付いてきた。

「今日、仕事は・・・?」
「今日は休みだ」
「そっか・・・」

辞職してから一週間。
オレはGXのシフトを忘れていた。
たった一週間なのに、GXの事を忘れ始めている。
・・・いや、忘れようとしているだけだ。